甲野善紀先生と私
端緒
私と甲野先生のはじめての出会いは10年程前にまで遡る。当時私は中学二年生のバスケットボール部員で、甲野先生は我がバスケ部にいらっしゃり、バスケにも応用できる古武術の身体操作法を様々紹介してくださったのである。先生が体育館の真ん中で次々と展開して見せる技の数々に、私の同級生や先輩たちは驚きの歓声を上げていた。
「すごい!あんな動きみたことがない!!」と、
みな純粋に驚き、目を輝かせていた。
甲野先生が帰られたあとも、「あの動きはすげえよなあ。どうやってあんなことができるんだろう。」とみな興奮冷めやらぬ様子で語っていたのを覚えている。
いま思い返すと、私はその中にあって一人まったく違った意味で静かな興奮を自分の中で噛み締めていたように思う。私はひょっとすると、先生の技はほとんど見ていなかったかもしれない。少なくとも、私の注意は先生が解説される個々の技よりも「甲野善紀先生」という人間の全体にあった。
先生の佇まい。時折り、突然じいっとだまってなにかを感じ取ろうとするかのように静かに上を見上げる仕草。ひとつひとつのことばを慎重に確かめていくかのように自らの技の原理を解説されるそのことばのリズム。何気ない視線の動き、ことばや呼吸の間合い。私たちに語りかけているようで、誰よりもご自身に語りかけておられる。あの日に目撃した先生のそうした様子の細部が、いまでも脳裏に焼きついているかのように思い出される。
あの日私は、周りで同級生が盛り上がっている中、一人静かに興奮を噛み締めながら自転車で家へと向かった。いつもよりちょっと強くペダルを踏み込み、いつもより少し強い向かい風を全身で感じながら、僕はこころの中で、こんな風に叫んでいた。
「僕は独りじゃないんだ!」
落胆
私は当時、中学3年に上がる直前だったのだが、ちょうどその頃、密かにひとつの驚くべき発見をしていた。
私は中学生になるとき、中学生で勉強するであろう数々の輝かしい科目の授業を心底楽しみにしていた。物理では重力の仕組みを教えてくれるはずだし、生物ではなにもないところから生命が生まれてきた仕組みを教えてくれるはずである。そしてなにより、倫理や道徳の時間に、先生は「僕たちが生きている本当の意味」を教えてくれるに違いない。
そんな期待に胸を膨らませていた。
しかし、その期待は中学に入学すると同時に次々と裏切られていったのである。
物理の先生はまるで重力の仕組みになど興味がないかのようであった。
「重力定数というものがある」「力というものがある」「仕事というものがある」
次々とことばを覚えさせるばかりで、そのどれひとつとってもリアリティがなかった。
では、力というのはどこにあるのか?それが一体どういうものなのか?
そう問う私に対する先生の反応は冷ややかであった。
物理というのはこんなくだらない学問なのか、と落胆したのを覚えている。
生物や化学はもっとひどかった。導管や師管などといったことばを暗記したところで、なぜかぼちゃの種からかぼちゃができるのかはちっともわからなかったし、負の電荷を持つ粒子、なんて言われても少しも実感が湧かなかった。
理科に期待できないことを悟った私は、倫理に最後の期待を寄せていた。過去の哲人たちの思索の結果、私たちが生きている真の意味が分かるに違いない。
しかし、この期待も見事に裏切られた。
私は仕方なく、その後何日間も続けて図書館に通いつめた。学校で教えてくれないなら、自分で調べよう。「人間が生きる意味」を教えてくれる本がどこかにあるはずだ。そう思って、僕は図書館を片っ端から調べていった。
しかし、答えはそこになかったのである。
驚くべきことに、「なんのために僕たちは生きているか」ということは誰も知らなかったのだ!誰もそれを知らずに、それでいて誰もそれについて真剣に議論していない。
なんのために生きているかも知らずに、平気な顔をして生きている大人たちに、僕の不信感は募っていった。
私が甲野先生と出会ったのは、まさにそのような時期だったのである。



