数学とは何か、何であるべきか
「数学」という誤解

数学という学問ほど酷く誤解をされている学問はほかにあまりないのではないかと思う。私自身も中学、高校の教育を通して、この誤解を自分の中に育ててきた一人である。

「数学とは計算と論理により、絶対的な真理への到達を志す学問であり、
 それは一部の天才たちの偉大な仕事に駆動され、
 じょじょに完成へと近づいていく。」

これが大雑把に言って、私が抱いていた数学に対するイメージであり、
私が数学教育を通して身につけた「酷い誤解」の姿である。

これがどのような意味で「誤解」であるか、少しずつ説明していくことにしよう。

文系・理系という分け方があるが、高校時代までの私はそのどちらであったかというと、実はそのどちらでもなく、生粋の体育会系であった。
勉強は授業中以外にはほとんどせず、ただひたすら毎日バスケに打ち込んでいた。

そんな青春を過ごし、頭で考えることよりも身体で感覚することの方を信頼していた私にとっては、数学が目指す「絶対的真理」も、究極的な「完成」も、どうしようもなく胡散臭く思えた。

頭でっかちの天才たちが、その才能をもてはやされながら巨大なパズルを解いていくのはそれはそれでいいとして、そうしたところで人生の本当のなぞ、「わたしたちはなぜ生きているのか」、「なんのために生きるべきであるか」ということには少しも答えられないであろう。
そのように考えていたのである。

その私が、どういうわけか今では数学をしている。
それも一日のうち食べる時間と寝る時間を除いてはほとんど数学しかしていない。

なぜこのように、私の数学に対する態度が一転したかといえば、
それはあるとき幸運にも、真の意味での数学に出会うことができたからである。

いまではこう言うことができる。

「数学とはこころの学問であり、その目指すところは己のこころを見つめ、
 それを整えるということである。
 したがって計算や論理は数学の手段であってその本体ではない。
 数学の本体は、数学的対象にじっくりと注意を注ぎ、
 その声に耳を澄ませるこころの姿勢そのものにある。
 そのためには自己自身のうちに数学的現象の世界を生み、育て、
 それを耕していかなければならない。
 そのような意味で、数学とは一部の天才たちの占有物などでは決してなく、
 個々がそれぞれのこころのうちに展開するひとつの内的な世界と
 それとの交流を意味する。
 したがって数学は職業数学者だけのためではなく、
 よりよく生きることを志すすべての人に開かれているべき、
 ひとつの実践であり、方法である。
 また、こうした意味での実践としての数学に終わりはなく、
 したがって完成あるいは完結ということはありえない。」

数学の酷い誤解が解け、私がはじめて数学に出会ったとき、
そこにはそれまで目にしたことのない、まったく新たな世界が開かれていた。

そこは、それまで想像しえたどんな広がりよりも広く、どんな自由よりも自由であった。私は数学に出会えたことをこころから感謝している。そして、私と同じく数学を誤解しているかもしれない方々の、誤解が少しずつでも解かれることを願っている。

 いま引用したのは、2009年の9月に初めて九州の博多と広島県の福山で行なった「この日の学校」用のテキストとして、私と共に「この日の学校」を立ち上げ講義を行なった東京大学数学科4年生の森田真生氏が書いたものである。
 最近の若者は「無気力である」とか「要領よく立ち回って自分の利益になる事しかやらない」「人生を深く考えることをしない」等々、よく言われるし、現にそうした傾向の若者が多いことも確かだと思う。そうした世間の風潮の中で、このような文章が書ける(書けるだけでなく、現に凄まじい展開をしつつある)若者が存在するという事に、私は「事実は小説よりも奇なり」という言葉を思い起こさざるを得ない。なぜなら、現代にあって学問という事を彼、森田真生氏ほど、真向まともに取り組んでいる人物を、主人公とした小説を、説得力を持って創作執筆する事は、よほど才能のある小説家といえども不可能だと思うからである。

 最近、「考える高校生のためのサイトMAMMO.TV」に、いろいろな人物をインタビューして書いているU氏から森田氏を紹介して欲しいと頼まれたので、U氏を森田氏につなぎ、森田氏はU氏のインタビューを受けたのだが、そのU氏からその後「インタビューという枠を越えて、関心の向かうままにお話し頂き、大変素晴らしい時間を過ごすことが出来ました」という礼のメールが入り、更に「取材後、一緒に食事をしたのですが、人と会食することの醍醐味を久しぶりに味わいました」というメールが入った。
 いままで各界で活躍する多くの人々にインタビューを行い、ライターとしての実績も積んでいて、普段およそ大袈裟な表現をしないU氏が「人と会食することの醍醐味を久しぶりに味わった」というのは、森田氏に対して、もう単に感心したという事を超えて心底感嘆したのだと思う。

 森田氏と会って、それなりのセンスの人が皆一様に感じる事は、現代では殆ど(いや、全くと言ってもいいかもしれない)単なるお飾りとなっている「学問は、本来人が人として成長し、人生の何たるかを学ぶためにある」という事を、まともに、そして単なる生真面目さではなく、追求しているからである。現代という時代の中に在って全体の動向を見据えながら、絶えず本質とは何かを追求しながら実行しているという事である。
 そのために、文科Ⅱ類で東大に入った森田氏は、東大という環境を大いに利用して、あちこちへアンテナを伸ばし、ロボットという側面から人間というものを考えるのもひとつの方法と思って工学部に転じ、得意の英語を活かしてMITで発表を行なうなどして活躍。(森田氏の英語力はTOEIC990点という驚異的な成績でも分かると思う)東大は工学部で卒業するが、その頃から可能性を感じはじめた数学に傾倒して数学科への学士入学を果たし、2010年にはおそらく東大の歴史上でも今までになかった分科Ⅱ類という文系で入って数学科を卒業する初の人物になると思われる。
 しかも、この森田氏の変遷の軌跡は「もし東大に初めから『人間いかに生きるべきか学科』というものがあれば、そこに行きたかった」という述懐からも分かるように、そうした人間の生き方を本質的に探究する学科が無かった為に、自らあちこち探しながらその探究を深めていったという経緯があったのである。

 まあ、私自身そら恐ろしい気がするのは、これほどの若者が中学の時、私に出会った事が、当時壁に当たって希望を失いかけていた彼にとって大きな力となったという事である。誠に面映いことだが、森田氏の筆になる私との出会いをここに引用紹介させて頂いて今回は終わりとし、また次回、この引用の続きを載せて、さらに森田氏の紹介をさせて頂きたいと思う。