私は子供の頃、人見知りがひどく、その代わり山野の自然や動物を相手にすることが好きで、アヒルを飼ったり鳩を飼ったりしていたが、ついぞ犬を飼ったことはなかった。ひとつは、家族が犬好きではなかったから、あるいは私のなかでは飼いたいのを我慢していたのかもしれない。
そうした私にとって思い出深い、私によくなついていた犬がいた。種類はコッカー・スパニエルで、名はトッポ。私が世田谷区の東京農大に通っていた頃、この大学の最寄り駅である小田急線の経堂と大学との間にあった柴田家の飼い犬のうちの一匹である。
この柴田家の人達と私が知り合ったのは、この家の近くにあった当時は珍しい自然食品の店である。その頃、私はこの店に居候のように入り浸っていて、時に店番も任されていた。
そんなある日、偶々この近くに住んでいた柴田家の当時女子高生であった香百合さんが、この店に何か買い物に訪れられたからである。何度か話をするうちに、この香百合さんの母堂の乃武子さんも時々店を訪れるようになり、今となってはその経緯はよく憶えていないが、いつの間にかその柴田家にも私は入り浸るようになり、時にはその柴田家の留守番をするほど親しくなった。なぜ留守番が必要かというと、この柴田家の主婦である乃武子さんは無類の犬好きで、家にコッカー・スパニエルが六~七匹もいたからである。
この家の犬はほとんどコッカー・スパニエルで室内で飼われていたが、時に野良犬を引き取って飼われる事もあり、その元野良犬は馴れるまで、しばらく庭の犬小屋やテラスで飼われていた。そうした環境から柴田家の飼い犬の一員となったコッカー・スパニエルがいたのである。それがトッポである。なぜ、このコッカー・スパニエルが柴田家に来たかというと、元々このトッポは農大が迷い犬としてしばらく預かっていた犬だったのだが、それをある経緯で知った乃武子さんが、やがて、この犬が実験用の犬にされると知って可哀想でたまらずに引き取ったという事だったと思う。
このトッポは、これほどのお人好し(お犬好し)な犬はいないというほど、およそ尖ったところがなく、誰にでも愛嬌を振りまいて、じゃれつくにしても乱暴なところが全くなかったから、この柴田家に出入りする人達に可愛がられていた。トッポのこうした性格は、動物好きだが、犬には縁がなかった私を強く引き付けたのかも知れない。私は、この犬をよく散歩に連れ出した。そのせいか、トッポも私にはよくなつき、私の言うことには本当に忠実だった。
その頃は、世間も犬について、あまりうるさくなく、野良犬も街をふらついていたから、トッポを馬事公苑まで連れていって皮紐を外し、草原を一緒に駆ける事ができた。時にトッポが一匹で遠くまで駆けてゆく事もあったが「トッポ!」と一声かけると、猛ダッシュで私のところに走り戻り、嬉しげに私に甘えた。
あの時から四十年近く経ったいま思い出しても、あの時の情感が蘇ってくる。そして、この柴田家に関してというか、この家の主婦であった乃武子さんに関して、今も深く印象に残っていることがある。それは、この乃武子さんの犬好きは単なる犬が好きといったレベルではなく、達人の域に達していたからである。それを実感した時の光景は、今も深く記憶に焼きついている。
すでに述べたように、乃武子さんは街で見かけた野良犬なども気になって仕方がないほどで、それもあってトッポも引き取られたのだが、ある日、巨大なマスチーフが、どういう訳か柴田家の近所をうろついていた。ブルドッグのような恐ろしい顔と巨大な体躯は、普通の人間ならすれ違うのも躊躇するほど精悍で恐ろしい雰囲気を漂わせている。そのため保健所に連絡され、捕えられる恐れが多分にあるので、乃武子さんは、とりあえず自分の飼い犬として面倒を見ながら、貰い手が出来るまでしばらく預かられていた。
そんなある日、このマスチーフが食べた魚の骨が喉にひっかかって苦しんでいた。この様子を見て乃武子さんは、このマスチーフに近づいて、なんとマスチーフの口の中に手を突っ込んで骨を取り出してしまったのである。二本足で立って乃武子さんにじゃれると、小柄な乃武子さんと並ぶほどの巨大なマスチーフの口の中に、なんら臆する様子も見せず、「ああ、よしよし、苦しいのね、大丈夫よ」と宥めながら手を入れられている。マスチーフも乃武子さんにはなついていたとはいえ、苦しい最中で、その鋭い牙は乃武子さんの腕に喰い込み鮮血が流れたが、乃武子さんの態度も口調も全く落ち着いたものだった。あれほど度胸が据わったというか、そういう表現も少し見当外れに思うほど自然で、些かも慌てもしなければ怖そうな様子も見せず、自分の手を噛ませながら魚の骨を取り出した乃武子さんの人としての力量というか、愛情には本当に舌を巻いた。
後にも先にも、あのような状況下であれほど冷静に愛情深く仕事を成し遂げた女性を見たことがない。この出来事を目撃して感嘆する私に、乃武子さんは「そりゃあ苦しいから、あのくらい噛むのは当然ですよ」と涼しげな返答。それまでも、私は乃武子さんの事を信頼していたが、この日以後は、その信頼に畏敬の思いが加わった。
この日から四十年近い月日が経ち、乃武子さんは娘の香百合さん一家と静かな老後を送られている。ずいぶん御無沙汰をしているので、これを書いたのを機会に一度伺いたいと思っている。
